7月にLEGONで入籍&奥様ご懐妊報告をしたところ、お祝いをしたいから、と尾道サイクリング協会(OCA)の濱本さんから、しまなみアイランドライドへのご招待をいただいた。
この週は関東では大イベントの一つである富士チャレンジ200があってチーム戦のほうで出場を検討していたわけだが、そもそも富士スピードウェイのコースが大嫌いな自分としては余り乗り気ではない。
ご招待に甘えて、参加させていただくことに。
ところがOCAのコミュニティーで話を聞いていると、どうやらOCAは大会運営側の立場らしい。
ただ遊びに行くというのも気が引けるなぁ、何か手伝えることありませんか?と聞いたところ、じゃあ、大会の伴走者をやってくれ、となった。
しかもいくつかあるコースの中で最長の200kmコースの。
一番短い60kmガイドツアーは、地元今治の山鳥レーシングが伴走を担当、島の見所を回って案内しながらゆっくりサイクリング。
90kmコースは今治側の糸山公園をスタート、しまなみ海道を渡って尾道側・向島の運動公園にゴール。
130kmコースは向島を出発、しまなみ海道中間の大三島をぐるっと1周して折り返し、向島に帰る。
200kmコースは向島から、各島をぐるっと1周しつつ今治の糸山公園まで行き、また向島まで折り返す。
イチ参加者として考えれば200kmの完走は自分にとっては特に困難でもないが、伴走となると話が違う。
伴走者が一般参加者よりバテるわけにもいかないだろうし。うむむ。。。
というわけで当日。
200kmコースの伴走は、基本的に実業団の選手たちが行う。
人数的に足りない分をOCAが手伝う、といった立ち位置。
先頭には旗を立てた3名の伴走者。この人たちには35km/h越えるようなペースで、ASにも一切立ち寄らず、ひたすら200km走り続けろ、との指令が。
参加者には、先頭走者を抜いたら失格ですよー、これはレースじゃなくてサイクリングですからね、とアナウンスが。
抜いたら失格と言うか、ノンストップで走る実業団選手を抜けるもんなら抜いてみろ、とも言う。
参加者は自己申告で、A組、B組、C組に分かれてスタート位置へ。
A組は30km/h以上、B組は25km/h前後、C組は20km/h前後で走りたい人、という設定。
このあたりはスタート時点での話であり、途中で遅れても、もっと前に出てペース上げてもそれはまあ勝手にやってくれ、という感じ。
これらの組をさらに30人ずつくらいに細分して、それぞれの小隊の先頭を伴走者が牽く感じでスタート。
前の方の早い組を牽くのと、リタイアする選手を回収しつつ制限時間ジャストにゴールする難しいお仕事・最終伴走者は実業団に任せて、OCAは最終の前のいくつかの組を担当。
自分はC組の頭あたりの小隊を牽いて出発した。
向島を4分の1周ほど、因島大橋を渡り、因島を半周したところで最初のASがある。
まずはそこまで、後方の組なので平坦20?25km/h程度のペースで牽く。物足りなければ前の組に行ってもいいよ、というアナウンスもあったが、自分を抜いて前に出る参加者は無し。
前の組でパンクがあったのを伴走者が見ているようで、伴走者を失った前の組がペースダウン、そのまま何人かを吸収してしまって自分の組は50人ほどの1列縦隊。
自分の統率に従う50人。。。
なんか気持ちいいぞこれ。。。
伴走などという面倒なことを引き受けて実は若干後悔していたが、これはこれで楽しいかもしれない。
因島の東半分は初めて通ったが、なかなかにアップダウンが多い難コース。
平坦25km/hがちょうどいい人たちでも無理のないペースで登る。
さすがにこうなると物足りない人が何人か先行していくが、半分くらいは登り切る頃には追いつく。
このあたりでなんとなく分かってきた。
ロングライドイベントに出ている人たちは、みんながみんな問題なく完走できる力を持っているわけではないということ。
体力的にギリギリ完走できるかどうか、という人もいれば、体力的には問題なさそうだけど、経験不足からペース配分が分からない人もいる。
普段自分より走れる人たちとしか走っていないので、このあたりに気付いたのは新鮮だった。
伴走者の任務はペースメーカーとコース誘導、さらに励まし!と指示されていたが、コース誘導は全ての曲がり角に立哨が複数人いて問題ないし、ペースメーカーも何も、レースじゃないんだから全員自分ペースでええやん、と思っていたのだが、ようやく我々の存在理由が分かった気がする。
このくらいの短い坂で一定ペースを作っている自分をかなりの勢いで追い越していったのに、頂上までにヘロヘロになってる人だっている。
経験不足だからどのくらいのペースで自分が登れるのか、分かっていないということだ。
あんな登りかたをしていたらまず200kmも持たない。
淡々としたペースでも頂上で追いつく、というのをこっちが見せてやるだけでも、彼らの走り方の参考になるんじゃないのかと。
伴走者が息を荒げていてもかっこ悪いので、追いつくときには涼しい顔をする演技もすることにした。
ようやく最初の因島のASに到着。
休憩の時間はまちまちなので、今いた人たちと同じグループはもう作れないから、ココからは適当な間隔を作って伴走者はスタート、ペース作りに専念せよ、との指令。
1人、また1人とパラパラ出発するので、最初から人数をまとめきれない。誰もいないが適当にスタート。
後ろに2?3人追いついてきたあたりからまた25km/hペースを刻む。
追いついてくる人たちでも自分を抜く参加者はほとんどいない。
逆に前方から、落ちてくる選手を1人ずつ拾っていく。
次のASに着く頃にはまた30人くらい後ろにいる、というパターン。
ASに着いたらまた今のグループは解散、単独でスタートして、一人ひとり拾っていってまた集団に、の繰り返し。
自分もASで少しは休もうか、とも思ったが、このペースならさして辛くもないし、ちょうどいいタイミングで出発する伴走者がいないので、じゃあ行くか、という感じでほぼノンストップで進む。
そして折り返し手前の下田水のASに到着。
ここで参加者に弁当が出ているのだけど、けっこう参加者で賑わっているし、伴走者がそこに入っていって弁当受け取るのもなんか悪いな、と思ったのでまた出発。
来島海峡大橋を4km渡って四国サイドの糸山へ、すぐに折り返して海峡大橋横断。
橋の上は狭いので20km/h行かないようなペースでまったりと安全に気を配る。
そして大島に上陸、西海岸沿いに北上。
1箇所小さい峠があるので、ここはちゃんとペースを作ってあげないと辛い選手が出そう。
あー、水分の補給を忘れた。
もう残り少ないなぁ。
まあ次のASで入れたらいいや。
そういえばさすがにちょっと腹も減ってきたな。
大島に着いたら橋のたもとにさっきの下田水のAS。ここでいいや、と考えていたが、大会コース的に、帰りは横目に見るだけで寄らない設定。
むー。
伴走者がコースアウトするわけにもいかん。
すでにこの段階で20人近い列車になっているし。。。
カンペ取り出して見てみると、困ったことに次が遠い。まだ40kmくらいあるぞ。
大島と次の伯方島を大周りして、大三島の多々良大橋まで着いてようやくASである。
自分の休憩時間を取っていない分、たぶん自分が引率しているのはB組あたりの人だろう、と判断。
ペースを25?30km/hあたりにしてみるが、特に問題なくついてくる感じなので、ココからはこれで進行することにする。
帰り道は向かい風である。
ワリと大変だ。
これは列車じゃないと辛い人がいるだろう。自分にとっても頑張りどころである。
大島クリアして伯方島に入ったあたりからかなり力が入らなくなってきた。
どう見てもハンガーノックです。来るだろうと思っていたけどやはり来ました。マズイ。
しかし長い列車が後ろにいる手前、いきなり失速するのもかっこ悪い。。。
こうなったら仕方ない、多々良のASまでこのまま引き倒してそこで死のう。
ココで失速して参加者のペース乱すよりは途中のASまでやってから消えた方がいいだろう。
幸い伯方島は大した登りポイントもない島。
おまけに風の当たらない側を通るし、そもそも一番勝手の分かってる島でもあるのでペースを作るのは楽。
どうにか多々良に着いた。
「ありがとうございました!けっこう大変で牽いてくれて助かりました!」
到着と同時に列車にいた人が2?3人、わざわざ自分を探してお礼を言いに来てくれた。
こう言ってもらえるだけで疲れは吹っ飛ぶもんだなぁ。
ちょっと泣きそうになったのは内緒である(笑)
とにかく補給である。
道中メイタンで食いつないではいるが、固形物を食べたい。
ここは130kmコースの昼食ポイントなので、弁当あり。
130kmの人で今頃弁当を食っている人ももうほとんどいないで余っている模様。
伴走ですけどこれ一つ貰っていいですか?と聞いて鯛飯ゲット。
さらにコーラがうめぇ。
だいぶ(気分的に)回復したのでスタート。
しかし体調がかなりまずいことになっている。
多々良大橋を渡るところなので、15km/h程度でゆっくり進行しているだけなのに心拍が180?220あたりを行ったり来たり。時には280なんて見たこともないものが。。。小動物か。
Garminの異常かとも思ったが脈拍が変なのは自分でも分かる。たぶん正確な数字だ。
医学的なことはよく分からんけども、急に血糖値を上げたから頻脈の発作か出ているって事なのか?
ちょっとでも気分が悪くなったり、めまいがしたらさすがにすぐ横になるつもりで様子を見ていたら、因島に上陸して2?3kmくらいでどうにか150あたりで安定してきた。
これなら大丈夫か。
と思ったら別の問題が。
ちん○んが無くなった。
男の子の自転車乗りなら分かってくれる人も多いんじゃないかと思われるこの感覚。
サドルでちん○んの血流と神経が圧迫されて麻痺状態に。あれ?ちん○ん無くなった?ちゃんと付いてるよね??不安になるこの感覚である。
誰も見ていなければ容赦なく手を突っ込んで確認したり、腰を浮かしたり無駄なダンシングして血流を回復させたり、果ては公道上でちん○んをマッサージをしてみたりと、人に見られたら犯罪的なことをして解消するのだが、今は伴走者である。
後ろに30人からギャラリーがいる中でレーパンに手を突っ込むわけにはいかない。
腰を浮かせるのも、どうしてもある程度ペースが乱れるので、先頭がやっていい動きでもないだろう。
普通のローテーションなら後ろに下がってやればいいんだけど、伴走者じゃそういうわけにもいかないし。
なかなか厳しい向かい風区間なので、キレイな一定ペースを刻んであげないと脱落する人が出そうだ。
回復しないまま最終、因島のASに到着。
ここでも途中で拾った人たちから、
「向かい風で辛いところを拾ってくれて助かりました!」
とお礼を言ってもらえた。
オラのちん○んと引き換えの大仕事である。
ちん○んの犠牲を無駄にすることなく、このまま完走していただきたいものである。
ここで90kmコースに出ていた@mrynasuに追いついたので、ちん○んを失った窮状を切々と訴える。
大手術からの復帰で一生懸命に走っているところで、あと一息で感動のゴールだというのにこんなことを訴えられたらたまったもんじゃねぇな。うん。
もちろんオラにジュニアがそろそろ誕生することを彼女も知っているので、
「もう一回使ったんやから無うなってもええやん。」
と言われた。
最後の区間はそれほどの距離はない。
参加者たちもゴールが近い分、元気もある程度出てきていて列車にならなくても進める人が多数。
自分はもうココまでどおりの淡々ペースを刻み続け、みんなをゴールまで連れて行って業務終了である。
向島は平坦だが、最後の会場へ曲がるところだけ、約1kmばかり登りになる。
ラストだから行ける人は行ってくれ。
と自分はシフトダウンしてゆっくりペースで登労、と思ったらチェーン落ち。かっこ悪い。
「すみませんチェーン落ちしました。先行ってください。すぐゴールですよ!」
声を掛けるとみんな口々にありがとうございました、助かりました、と言って元気に登って行く。
なんだか育て上げた子供の巣立ちを見守る心境でございます。
一参加者ではこういうのは味わえなかったなぁ。
とてもよかった。
この週は関東では大イベントの一つである富士チャレンジ200があってチーム戦のほうで出場を検討していたわけだが、そもそも富士スピードウェイのコースが大嫌いな自分としては余り乗り気ではない。
ご招待に甘えて、参加させていただくことに。
ところがOCAのコミュニティーで話を聞いていると、どうやらOCAは大会運営側の立場らしい。
ただ遊びに行くというのも気が引けるなぁ、何か手伝えることありませんか?と聞いたところ、じゃあ、大会の伴走者をやってくれ、となった。
しかもいくつかあるコースの中で最長の200kmコースの。
一番短い60kmガイドツアーは、地元今治の山鳥レーシングが伴走を担当、島の見所を回って案内しながらゆっくりサイクリング。
90kmコースは今治側の糸山公園をスタート、しまなみ海道を渡って尾道側・向島の運動公園にゴール。
130kmコースは向島を出発、しまなみ海道中間の大三島をぐるっと1周して折り返し、向島に帰る。
200kmコースは向島から、各島をぐるっと1周しつつ今治の糸山公園まで行き、また向島まで折り返す。
イチ参加者として考えれば200kmの完走は自分にとっては特に困難でもないが、伴走となると話が違う。
伴走者が一般参加者よりバテるわけにもいかないだろうし。うむむ。。。
というわけで当日。
200kmコースの伴走は、基本的に実業団の選手たちが行う。
人数的に足りない分をOCAが手伝う、といった立ち位置。
先頭には旗を立てた3名の伴走者。この人たちには35km/h越えるようなペースで、ASにも一切立ち寄らず、ひたすら200km走り続けろ、との指令が。
参加者には、先頭走者を抜いたら失格ですよー、これはレースじゃなくてサイクリングですからね、とアナウンスが。
抜いたら失格と言うか、ノンストップで走る実業団選手を抜けるもんなら抜いてみろ、とも言う。
参加者は自己申告で、A組、B組、C組に分かれてスタート位置へ。
A組は30km/h以上、B組は25km/h前後、C組は20km/h前後で走りたい人、という設定。
このあたりはスタート時点での話であり、途中で遅れても、もっと前に出てペース上げてもそれはまあ勝手にやってくれ、という感じ。
これらの組をさらに30人ずつくらいに細分して、それぞれの小隊の先頭を伴走者が牽く感じでスタート。
前の方の早い組を牽くのと、リタイアする選手を回収しつつ制限時間ジャストにゴールする難しいお仕事・最終伴走者は実業団に任せて、OCAは最終の前のいくつかの組を担当。
自分はC組の頭あたりの小隊を牽いて出発した。
向島を4分の1周ほど、因島大橋を渡り、因島を半周したところで最初のASがある。
まずはそこまで、後方の組なので平坦20?25km/h程度のペースで牽く。物足りなければ前の組に行ってもいいよ、というアナウンスもあったが、自分を抜いて前に出る参加者は無し。
前の組でパンクがあったのを伴走者が見ているようで、伴走者を失った前の組がペースダウン、そのまま何人かを吸収してしまって自分の組は50人ほどの1列縦隊。
自分の統率に従う50人。。。
なんか気持ちいいぞこれ。。。
伴走などという面倒なことを引き受けて実は若干後悔していたが、これはこれで楽しいかもしれない。
因島の東半分は初めて通ったが、なかなかにアップダウンが多い難コース。
平坦25km/hがちょうどいい人たちでも無理のないペースで登る。
さすがにこうなると物足りない人が何人か先行していくが、半分くらいは登り切る頃には追いつく。
このあたりでなんとなく分かってきた。
ロングライドイベントに出ている人たちは、みんながみんな問題なく完走できる力を持っているわけではないということ。
体力的にギリギリ完走できるかどうか、という人もいれば、体力的には問題なさそうだけど、経験不足からペース配分が分からない人もいる。
普段自分より走れる人たちとしか走っていないので、このあたりに気付いたのは新鮮だった。
伴走者の任務はペースメーカーとコース誘導、さらに励まし!と指示されていたが、コース誘導は全ての曲がり角に立哨が複数人いて問題ないし、ペースメーカーも何も、レースじゃないんだから全員自分ペースでええやん、と思っていたのだが、ようやく我々の存在理由が分かった気がする。
このくらいの短い坂で一定ペースを作っている自分をかなりの勢いで追い越していったのに、頂上までにヘロヘロになってる人だっている。
経験不足だからどのくらいのペースで自分が登れるのか、分かっていないということだ。
あんな登りかたをしていたらまず200kmも持たない。
淡々としたペースでも頂上で追いつく、というのをこっちが見せてやるだけでも、彼らの走り方の参考になるんじゃないのかと。
伴走者が息を荒げていてもかっこ悪いので、追いつくときには涼しい顔をする演技もすることにした。
ようやく最初の因島のASに到着。
休憩の時間はまちまちなので、今いた人たちと同じグループはもう作れないから、ココからは適当な間隔を作って伴走者はスタート、ペース作りに専念せよ、との指令。
1人、また1人とパラパラ出発するので、最初から人数をまとめきれない。誰もいないが適当にスタート。
後ろに2?3人追いついてきたあたりからまた25km/hペースを刻む。
追いついてくる人たちでも自分を抜く参加者はほとんどいない。
逆に前方から、落ちてくる選手を1人ずつ拾っていく。
次のASに着く頃にはまた30人くらい後ろにいる、というパターン。
ASに着いたらまた今のグループは解散、単独でスタートして、一人ひとり拾っていってまた集団に、の繰り返し。
自分もASで少しは休もうか、とも思ったが、このペースならさして辛くもないし、ちょうどいいタイミングで出発する伴走者がいないので、じゃあ行くか、という感じでほぼノンストップで進む。
そして折り返し手前の下田水のASに到着。
ここで参加者に弁当が出ているのだけど、けっこう参加者で賑わっているし、伴走者がそこに入っていって弁当受け取るのもなんか悪いな、と思ったのでまた出発。
来島海峡大橋を4km渡って四国サイドの糸山へ、すぐに折り返して海峡大橋横断。
橋の上は狭いので20km/h行かないようなペースでまったりと安全に気を配る。
そして大島に上陸、西海岸沿いに北上。
1箇所小さい峠があるので、ここはちゃんとペースを作ってあげないと辛い選手が出そう。
あー、水分の補給を忘れた。
もう残り少ないなぁ。
まあ次のASで入れたらいいや。
そういえばさすがにちょっと腹も減ってきたな。
大島に着いたら橋のたもとにさっきの下田水のAS。ここでいいや、と考えていたが、大会コース的に、帰りは横目に見るだけで寄らない設定。
むー。
伴走者がコースアウトするわけにもいかん。
すでにこの段階で20人近い列車になっているし。。。
カンペ取り出して見てみると、困ったことに次が遠い。まだ40kmくらいあるぞ。
大島と次の伯方島を大周りして、大三島の多々良大橋まで着いてようやくASである。
自分の休憩時間を取っていない分、たぶん自分が引率しているのはB組あたりの人だろう、と判断。
ペースを25?30km/hあたりにしてみるが、特に問題なくついてくる感じなので、ココからはこれで進行することにする。
帰り道は向かい風である。
ワリと大変だ。
これは列車じゃないと辛い人がいるだろう。自分にとっても頑張りどころである。
大島クリアして伯方島に入ったあたりからかなり力が入らなくなってきた。
どう見てもハンガーノックです。来るだろうと思っていたけどやはり来ました。マズイ。
しかし長い列車が後ろにいる手前、いきなり失速するのもかっこ悪い。。。
こうなったら仕方ない、多々良のASまでこのまま引き倒してそこで死のう。
ココで失速して参加者のペース乱すよりは途中のASまでやってから消えた方がいいだろう。
幸い伯方島は大した登りポイントもない島。
おまけに風の当たらない側を通るし、そもそも一番勝手の分かってる島でもあるのでペースを作るのは楽。
どうにか多々良に着いた。
「ありがとうございました!けっこう大変で牽いてくれて助かりました!」
到着と同時に列車にいた人が2?3人、わざわざ自分を探してお礼を言いに来てくれた。
こう言ってもらえるだけで疲れは吹っ飛ぶもんだなぁ。
ちょっと泣きそうになったのは内緒である(笑)
とにかく補給である。
道中メイタンで食いつないではいるが、固形物を食べたい。
ここは130kmコースの昼食ポイントなので、弁当あり。
130kmの人で今頃弁当を食っている人ももうほとんどいないで余っている模様。
伴走ですけどこれ一つ貰っていいですか?と聞いて鯛飯ゲット。
さらにコーラがうめぇ。
だいぶ(気分的に)回復したのでスタート。
しかし体調がかなりまずいことになっている。
多々良大橋を渡るところなので、15km/h程度でゆっくり進行しているだけなのに心拍が180?220あたりを行ったり来たり。時には280なんて見たこともないものが。。。小動物か。
Garminの異常かとも思ったが脈拍が変なのは自分でも分かる。たぶん正確な数字だ。
医学的なことはよく分からんけども、急に血糖値を上げたから頻脈の発作か出ているって事なのか?
ちょっとでも気分が悪くなったり、めまいがしたらさすがにすぐ横になるつもりで様子を見ていたら、因島に上陸して2?3kmくらいでどうにか150あたりで安定してきた。
これなら大丈夫か。
と思ったら別の問題が。
ちん○んが無くなった。
男の子の自転車乗りなら分かってくれる人も多いんじゃないかと思われるこの感覚。
サドルでちん○んの血流と神経が圧迫されて麻痺状態に。あれ?ちん○ん無くなった?ちゃんと付いてるよね??不安になるこの感覚である。
誰も見ていなければ容赦なく手を突っ込んで確認したり、腰を浮かしたり無駄なダンシングして血流を回復させたり、果ては公道上でちん○んをマッサージをしてみたりと、人に見られたら犯罪的なことをして解消するのだが、今は伴走者である。
後ろに30人からギャラリーがいる中でレーパンに手を突っ込むわけにはいかない。
腰を浮かせるのも、どうしてもある程度ペースが乱れるので、先頭がやっていい動きでもないだろう。
普通のローテーションなら後ろに下がってやればいいんだけど、伴走者じゃそういうわけにもいかないし。
なかなか厳しい向かい風区間なので、キレイな一定ペースを刻んであげないと脱落する人が出そうだ。
回復しないまま最終、因島のASに到着。
ここでも途中で拾った人たちから、
「向かい風で辛いところを拾ってくれて助かりました!」
とお礼を言ってもらえた。
オラのちん○んと引き換えの大仕事である。
ちん○んの犠牲を無駄にすることなく、このまま完走していただきたいものである。
ここで90kmコースに出ていた@mrynasuに追いついたので、ちん○んを失った窮状を切々と訴える。
大手術からの復帰で一生懸命に走っているところで、あと一息で感動のゴールだというのにこんなことを訴えられたらたまったもんじゃねぇな。うん。
もちろんオラにジュニアがそろそろ誕生することを彼女も知っているので、
「もう一回使ったんやから無うなってもええやん。」
と言われた。
最後の区間はそれほどの距離はない。
参加者たちもゴールが近い分、元気もある程度出てきていて列車にならなくても進める人が多数。
自分はもうココまでどおりの淡々ペースを刻み続け、みんなをゴールまで連れて行って業務終了である。
向島は平坦だが、最後の会場へ曲がるところだけ、約1kmばかり登りになる。
ラストだから行ける人は行ってくれ。
と自分はシフトダウンしてゆっくりペースで登労、と思ったらチェーン落ち。かっこ悪い。
「すみませんチェーン落ちしました。先行ってください。すぐゴールですよ!」
声を掛けるとみんな口々にありがとうございました、助かりました、と言って元気に登って行く。
なんだか育て上げた子供の巣立ちを見守る心境でございます。
一参加者ではこういうのは味わえなかったなぁ。
とてもよかった。
